妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

破奠記

はでんき #4251

破奠記

はでんき

一巻、安院日(一六二六-九八)著。
寛文九年(一六六九)一二月二六日、四四歳のとき、日向佐土原の流謫地で著す。
身延山二八世妙心院日伝(のち日奠と改む)が寛文元年八月不受派を論破した『受不受法理之』に対する反駁書である。
『受不受法』は当宗の財施は施さず、謗法の財は受け、法施は施こして権法は受くべからずと主張、おおむね道理・文証・遮難の三科に分けているが、必ずしも順が整されているわけではなく項目が羅列されていることが多い。
しかして不受派側からの反駁に対し一六科に分けてこれを反論しているので世人は「宜道十六箇条」と称した。宜道とは日伝の所化名である。
はこの論難書を見、寛文六年春、野呂檀林において駁論『破奠記』の筆をとったが、同五-六年にわたる不受派の惣滅に際会し、自身も同六年五月二九日、日向佐土原の島津家に流罪され、その後は身辺多忙で執筆することが出来なかったが、寛文九年一二月一六日『破奠記』草案を始め、二六日脱稿、改題して『宗門光顕志』と名づけた。
《『万代亀鏡録』、『宗全』第一二巻》

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