野呂檀林
野呂檀林
のろだんりん
千葉市野呂にある長崇山妙興寺に、中妙院日観(-一六五〇)によって設けられた檀林。
日観は池上大坊本行寺一五世であったが、寛永の不受論(身池対論)で池上本門寺日樹が信州に配流され、受派の頭目である日遠が幕命で入寺するに際し、不受不施の制法を守るため出寺して野呂に難をのがれた。
のちにここで学室を開き、不受不施を信奉する学侶の教育に専念する。
開講年代は寛永年間(一六二四-四四)と伝えられるだけで明らかでないが、歴代の能化は二世守玄院日誠(碑文谷一二世・平賀九世)、三世性智院日述(平賀二一世)、四世持誠院日明(小湊二二世)、六世安国院日講(不受不施講門派祖)ら不受派の錚々たる碩学が相次いで講義を担当した。
しかし寛文五年(一六六五)に日講が日向に遠流されてからは、次第に衰退したようである。
なお一説に慶長元年(一五九六)、両山一三世日尊の開講といわれるが、明らかではない。
《『諸檀林並親師法類』、『日蓮宗大観』、『本山歴代記』、『妙興寺文書』》