妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

河合氏

かわいし #3750

河合氏

かわいし

日蓮聖人の駿河方面の有力な檀越は高橋氏、由比氏、西山氏、南条氏、新田氏らの諸氏で、日興の代には石川氏が有力檀越として加わっている。
伊豆の新田氏は南条氏と姻戚関係にあり、高橋、由比、西山三氏は大宅氏の出身であり、その祖たる大宅光延は高橋、由比、西山の地の領主であったという。
古来より高橋・由比・西山の各氏は富士河合系、石川・南条氏は富士上野系の豪族であり、富士川の川合の地に住みついていた豪族を「河合氏」と称している。
富士上方の西山・由比氏が河合氏に該当するが、共に大宅系の豪族であり、日興の『白蓮弟子分与申御筆御本尊目録ノ事』には「一、河合入道ハ日興の祖父也、一、富士上方河合入道子息、又次郎入道日興叔父也、一、富士西山河合四郎光家者日興第一第子也」等が書き残され、西山本門寺所蔵の日蓮聖人建治二年(一二七六)二月付の御本尊の日興の添書に「日興祖父河合入道申受之」とあり、また「入道孫由比五郎入道所譲得也大宅氏女嫡子犬法師譲与之」の記録が見られる。
日蓮聖人滅後身延を去った日興は、母の実家である河合の由比家に至り、ほどなく上野南条家の地に至り、大石の持仏堂に住したといわれるが、河合の由比氏の女が大井橘六(大井庄司入道とは別人)に嫁し、橘三郎光房と日興が生れている。
日興の甥に日代・日があり、日興の母妙福の兄弟に又次郎入道、高橋六兵衛入道の妻の後尼がある。
河合氏は日興の手引により日蓮聖人の直檀であり、日興母方の姻戚であり、その一族より多くの有力な弟子、信者を生じている。
富士門の南条・新田系には、日目・日乗・日道・日郷・日尊らがあり、甲州系には日華・日妙があり、由比系には日秀・日禅・日代・日助・日満が挙げられている。
日興滅後重須日代は、地頭石川氏とのに不和を生じ、建武元年(一三三四)北山を佐渡日満共々に離山するに至り、河合西山地頭大内安清は日代を日代聖仁と敬し、日代は西山に北山同様の富士山本門寺を建立している。
《『遺文辞典』教学篇「かわいどの御返事」の項、『日興門流上代典』「河合入道」の項》

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