林古渓
林古渓
はやしこけい
(一八七五-一九四七) 歌人・漢詩人として知られる。
姫路藩永田三象の次男に生れる。
本名竹次郎。
初め日蓮宗管長・新居日薩の弟子となる。
次いで永野嶺山の弟子となり再び日薩の徒弟に帰り、脇田堯惇に従い一七歳で得度。
哲学館、東京音楽学校、東京外国語学校などに学ぶ。
独学で歌作に取組み歌集『わが歌千首』『続わが歌千首』を世に送った。
また漢詩についても大きな業績をのこし、漢詩集『清白詩艸(せいびゃくしそう)』を刊行、『平仄(ひょうそく)辞典』を編纂した。
他方、池上檀林教師を務め日蓮宗と子弟教育の不合理に憤慨し去って教員となり新仏教運動に参加した。
昭和八年(一九三三)以後立正大学講師になった。
同一一年、日蓮宗が新居日薩和上遺稿事蹟編纂の記念事業を起した折、同編纂会委員長清水龍山の要請によりその主任(委員)となって心血を注ぎ、翌年六月『新居日薩』を出版した。
作歌には仏讃歌「親の情」「わがちから」がある。
唱歌として歌われている「浜辺の歌」(作曲・成田為三)は名作として名高い。
《『国史大辞典』七巻「新仏教運動」の項》