妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

久保田日遙

くぼたにちよう #336

久保田日遙

くぼたにちよう

(一八四三-一九一六)
駿河庵原郡江尻(静岡市清水区江尻町)に生る。 権大僧正。
八歳のとき同市妙蓮寺住職山田日禎につき得度
一一歳で身延西谷檀林に入檀。
のち上京して駒込蓮久寺で新居日薩(一八三〇-八八)の開く私塾「鶏渓精舎」で五年学ぶ。
更に玉沢妙法華寺の物部日暉の徒弟となって六年、二五歳で清水妙泉寺住職となる。
三二歳のとき興津耀海寺へ、また四二歳の明治一七年(一八八四)五月には、身延七四世吉川日鑑(一八二七-六八)の特薦によって山梨鏡中条長遠寺の住職となる。
身延山務監督となり身延保存会を設立、身延永続維持金五〇万円募集に着手、また御料林委願に尽力する。
同二六年(一八九三)に静岡県池田本山本覚寺へ転じ、翌二七年三月には玉沢本山妙法華寺五一世の法灯を継承。
同三九年宗会甲部議長を任じ、また再度の玉沢大水害に当ってはよく寺門の維持修復に努めた。
身延山では監督小川日貞らを派遣して身延への晋董を懇請するも謝して応ぜず。
六九歳のとき病を得て三島受法寺に穏棲。
翌年七〇歳で日蓮宗大学長に就任。
育に当っては厳しく、また道を尊び校風粛正で、世に「鬼久保」と称せられる。
謹厳にして温情、行学深かった。
大正五年一月二二日に遷化。 寿七四歳。

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