是好良薬【修法】
是好良薬【修法】
ぜこうろうやく
法華経寿量品の文である。
寿量品において、仏は真実には滅に非ずして滅することをたとえ、「是の好き良薬を今留めて此におく、汝取りて服すべし、差(い)えじと憂うること勿れ」とする文の中にある。
経の文から約せば、良薬とは色香味の具足している法華経をいうが、仏の本意、経の精神からいえば、法華経の心ともいえる(本門の肝心)南無妙法蓮華経の五字をいうのである。
日蓮聖人は『聖愚問答鈔』に「(略)薬を知るも知らざるも、服すれば病の愈ゆる事以て是れ同じ。既に仏を良医と号し、法を良薬に譬へ、衆生を病人に譬ふ。されば如来一代の教法を擣簁和合して、妙法一粒の良薬に丸ぜり。豈に知るも知らざるも、服せん者煩悩の病ひ癒えざるべしや。病者は薬をもしらず病をも弁へずといへども、服すれば必ず癒ゆ。行者も亦然也。(略)」(定三八九頁)と示されている。
是好良薬たる本門の肝心、南無妙法蓮華経とは、釈尊の因行果徳に外ならぬものである。
修法の根本も、この良薬を服し、釈尊の因行果徳を頂載することにある。
【補記】「是好良薬」の経文は『御祈祷経(撰法華経)』(定二二一三頁)にも『祈祷肝文』にも取り入れられており、御符の文としても用いられている。《『遺文辞典』教学篇「是好良薬」の項、『日蓮辞典』「是好良薬」の項》