与奪傍正
与奪傍正
よだつぼうしょう
与奪とは仏教を判釈するときの立場。
与は寛大に包容的に褒めてこれを取る立場。
奪は厳正に邪正を判別してこれを奪う立場をいう。
傍正とは前者のどちらかを正意とし、一方を傍意とすること。
『四教儀集註』上に「教に約して別して与うるなり、部に約して通じて奪うなり」と約教別与、約部通奪を挙げ、約教のときは如来の教えを四教に約して爾前円と法華円とを区別せず、約部(五時)のときは法華已前の四時の経は帯権の円、法華は純円であるとして円教に区別を立てる。
しかし聖人は法華においても迹門と本門とを区別し、法華経寿量品をもって奪釈するわけで、ここに天台とは違う特色を示す。
聖人遺文中『立正安国論』に「多く仏教に迷えり、傍を好んで正を忘る。
善神怒をなさざらんや」(定二一七頁)とある。
また『諸宗問答鈔』に「約教約部に付て与奪の二の釈候。只今の釈は与の釈なるか、奪釈なるかとこれを尋ぬべし」(定二三頁)とある。
《『遺文辞典』教学篇「与奪」の項、『日蓮辞典』「与奪」の項》