日蓮宗の公称
日蓮宗の公称
にちれんしゅうのこうしょう
単称「日蓮宗」公許のこと。
明治八年(一八七五)五月、布教随意をもって神仏合併大教院は解散した。
これによって各宗は分離独立し、それぞれ教院設立となった。
日蓮宗各派も独自的発展を志す傾向を取った。
この時、身延・池上・中山・妙顕寺・本圀寺を代表する日蓮宗一致派管長新居日薩(一八三〇-八八)は、日蓮門下統一の理想に燃えた。
しかしその夢は実現しなかった。
日薩は「一致ニ執シ勝劣ニ偏スルハ、トモニ宗祖ノ本意ヲ得タモノデナイ。須ク『日蓮宗』ト称スベキデアル」との理念に基づき、一致派を日蓮宗と公称することを教部省に請願した。
この間、不条理だとして宗号取消を叫ぶ各派の抗議もあったが、明治九年二月単称「日蓮宗」が公許された。
この単称「日蓮宗」の名称は同月八日、(『日蓮宗年表』二月三日)日薩の名をもって「各府県本宗寺院中」に号達された。
《清水龍山編『新居日薩』、牧口泰存・増田海円『現行日蓮宗法令』(明治三八年版)、『日蓮主義』一二巻一一号》