日真(東光院・発星院)
日真(東光院・発星院)
にっしん
(-一六二六) 字は慶伝、東光院のち発星院と号す。。生誕の年は、『新編 日蓮宗年表』によると、「一六二六年四月二二日、熊本本妙寺開山東光院日真寂六二」とあり。そこから推測すると一五六五年に生誕したとも思われる。
下総佐倉長勝寺・平賀本土寺の門人という。
京都妙伝寺一一世にも叙せられた。
天正一三年(一五八五)加藤清正が浪花に本妙寺を創建、その開山に招請された。
天正一六年清正が肥後半国の領主に封ぜられ、これに伴い熊本城内の天台旧跡三宝院に止宿した。
天正一九年本国寺宿臈に任ぜられた。
文禄・慶長の朝鮮の役に清正に従い渡海し戦勝祈祷やあるいは朝鮮僧松雲惟政との外交の衝に当った。
慶長五年(一六〇〇)熊本築城に際し、大坂の本妙寺を城内に移し、慶長一〇年後陽成天皇より勅願寺の綸旨を賜り、紫衣を勅許され、山門永代の法服と定めた。
この間弘経に努め、肥前大村本経寺を始め、熊本妙永寺・本覚寺・法宣寺等を開いた。
慶長一三年本妙寺を退いたが、翌年再住、慶長一七年後途を日遙に託し、清正の廟側にあった天台旧跡妙楽寺に隠棲した。
権大僧都法印。
《『日本仏教人名辞典』「日真」の項》