妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

一円法華

いちえんぼっけ #28

一円法華

いちえんぼっけ

ある地方、地域が法華宗徒によって占められ法華宗信仰圏が形成されているとき一円法華という。
一円法華の例として有名なものは室町期の中ごろ上総国土気城の酒井定隆が心了院日泰に帰依し、自領内に他宗の寺院建立をゆるさず、中野・土気を中心に北は成東、南は藻原、東は九十九里浜、西は生実に及ぶ約七里四方を悉く法華宗たらしめたが、これを「上総七里法華」という。
備中の庭瀬は慶長五年(一六〇〇)戸川逵安が三万九〇〇〇石で封ぜられてより多くの法華宗寺院が建てられ信徒が増大して「庭瀬一円法華」が形成され、また庭瀬の南東にある妹尾も同じく戸川領でここも多くの寺院が建てられ「妹尾千軒みな法華」と俗称される「妹尾法華」を形成している。
また、肥前大村藩における「大村法華」も「一円法華」の例に挙げられよう。
あるいは摂津能勢郡の能勢頼次が寂照院日乾に帰依し、一族をあげて外護につくした。 これによって能勢領内には清普寺、真如寺を中心に多くの寺院ができ住民の帰依を得て「能勢法華」が現出する。 更に能勢の守護神たる妙見菩薩の霊が喧伝されて関西方面に多大の信徒を擁するに至り両者はあいまって能勢法華の名を高めた。

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