にちえ #2677
にちえ
(一六四二-一七三〇) 字は智俊、智定院という。 堺本光寺の善竜院主に従い五歳の時得度、一三歳の時鷹ケ峰檀林に入り、一九歳の時中村檀林に学ぶ。 その後、肥後蓮政寺主となり、六条檀林の招請により文句講主を任ぜられ京都へ帰る。 その後和歌山感応寺主、中村檀林化主を経て京都妙顕寺二三世となる。 のち鳴滝三宝寺主となり隠居を鷹ケ峰体真庵におくり、享保一五年九月一五日寿八八歳をもって示寂。 《『日本仏教人名辞典』「日慧」の項》
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