日命(不惜院)
日命(不惜院)
にちみょう
(一六六七-一七二九)
山梨県常住寺開山。不惜院と号した。
父の死後、母と共に出家。母は妙立院日修と称し、鰍沢春光院日現に師事した。
小地を得て堂を建立し七面明神を勧請し、母は日命と共に法華経読誦、唱題の行に励み、中山法華経寺日允より鶴頼山常住寺の山寺号を賜う。二万部の読誦をなし、首題七字を毎字自我偈遍誦しつつ、一花一香一字三体をもって書写し一万幅に及んだ。
のちに身延奥の院の殿司を三ヵ年務め、三五〇〇部の読誦をなした。
享保一四年九月二八日、六三歳にて遷化。
なお常住寺は『本化別頭仏祖統紀』には「甲斐常住寺」とあるが現在不明。
《宮崎英修『日蓮宗の人びと』、同『続・日蓮宗の人びと』、『日本仏教人名辞典』「日命」の項》