幸龍寺(東京都世田谷区)
幸龍寺(東京都世田谷区)
こうりゅうじ
東京都世田谷区に所在、妙祐山と号す。
徳川家康がまだ浜松城主であった折、祖母正心院殿日幸尊儀が玄龍院日偆に帰依、家康が開基となって天正七年(一五七九)に浜松城外に建立した。
家康が駿河・江戸と居を移すたびに当山も移され、江戸では神田湯島に寺域を構えた。
家康の帰依は日偆の祈祷修法によるものと思われる。
以後、徳川将軍家の祈願寺として外護された。
一〇世即如院日順の時、将軍家は当山を浅草田甫に移して大伽藍諸堂を建立、一〇支院を擁するようになった。
六代将軍家宣は祖母順正院妙喜日円大夫人の位牌を当山に納め、霊殿を設けた。
元禄の大火・安政の震災・関東大震災により寺宝古記録を焼失散逸。
二九世神保日慈(-一九三七)の代に現在地に移転。
小西法縁三評頭寺の一つで、江戸十祖師の一つにも数えられた。
三二世行道院日煌(高佐貫長、一八九六-一九六六)は当山に日蓮宗霊断師会本部・聖徒団本部を置き、九識霊断法の普及に努めた。
なお、同寺はかつて江戸浅草(東京都台東区)の田圃(浅草田甫)という水田地帯に立地していたことから、「田甫(たんぼ)の幸龍寺」の俗称で呼ばれている。
《宮崎英修「将軍秀忠の乳母」『続・日蓮宗の人びと』》