常楽我浄
常楽我浄
じょうらくがじょう
(一)四顛倒をいう。
即ち凡夫が迷界の真のありさまを知らないで、無常なものを常であると、苦であるものを楽であると、不浄なものを浄であると、無我であるものを我である、として執着することを有為の四顛倒という。
声聞や縁覚(=独覚)はこのことを正しく見ているが涅槃の境地を滅の世界であると解するから、涅槃の常楽我浄であることを知らないで、無常・苦・無我・不浄であるとする。
(二)如来の法身(dharma-kāya)、大乗の涅槃、仏性に具わる四徳をいう。
即ち常(永遠に不変であること)、楽(苦しみがなく安らかであること)、我(それ自体としてあり他にしばられないこと)、浄(煩悩の垢のないこと)の四つの勝れた特質で『北本涅槃経』巻二三、『仏性論』の顕果品などに説かれる。
涅槃に具わる四つの特質としては、これ即ち常波羅蜜(完全なる永遠性の実現)、楽波羅蜜(完全なる安穏性の実現)、我波羅蜜(完全なる主体性の実現)、浄波羅蜜(完全なる清浄性の実現)がそれである。
この四徳波羅蜜は三徳(法身・般若・解脱)を具足する円仏の徳でもあって、『観普賢経』によると、常寂光土はこの常波羅蜜によって摂成され、我波羅蜜によって安立され、浄波羅蜜によってその有相が滅せられ、楽波羅蜜によって身心の相の住しない処であるとされる。
《『遺文辞典』教学篇「常楽我浄」の項、『岩波仏教辞典』「常楽我浄」の項》