寿量の大薬師
寿量の大薬師
じゅりょうのだいやくし
『祈祷経』にある文で、寿量品の大薬師、即ち久遠実成の本師釈迦牟尼仏を表す言葉である。
寿量品において、方薬に通じた良医の留守中、その子息達が毒を飲んで苦しみ、帰ってきた良医は良薬をもってこれを救おうとする。
ところが本心を失ってしまって良薬を服しようとしない子があり、そこで良医は方便をもって、自分は他国で死んだと子に伝える。
これを聞いて正気を取り戻した子供達は、ついに良薬を飲んで毒の苦しみから救われる。
ここに譬える良医が久遠本仏であり、実は滅・不滅はないのであるが、衆生を救うために方便をもって滅度したとされている。
またこの方便を誰もこれを虚妄の罪だとはしない、としている。
聖人が『四条金吾殿御返事』に「(略)龍樹菩薩の大論に法華経の一代にすぐれていみじきやうを釈して云く、譬へば大薬師の能く毒を変じて薬となすが如し等云々。
小薬師は薬を以て病を治す。
大医は大毒をもつて大重病を治す(略)」(定一五九五頁)とされているのは、この意である。