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大聖人御葬送日記

だいしょうにんごそうそうにっき #1367

大聖人御葬送日記

だいしょうにんごそうそうにっき

御葬送日記ともいう。
日位(-一三一八)が弘安五年(一二八二)一〇月に日蓮聖人の葬送次第を日記に認めたもの。
他に日興による「御遷化記録」がある。
正本は静岡市池田本覚寺蔵。
『宗全』一巻に収録されている。
弘安五年一〇月一三日辰の(午前八ごろ)の入滅より始めて、翌一四日辰の(「御遷化記録」では戌の時)日昭・日朗による入棺、子の時(午後一二時ごろ)よりの葬送の次第、そして「御遺物配分事」の順に記し、最後に「御遷化御舎利は同月一九日池上御立ち有り」と結んでいる。
この遺骨の身延行きについて『元祖化導記』には「或記云」として二一日出発、二五日身延着といい、『日蓮聖人註画讃』『蓮公薩埵略伝』『本化別頭仏祖統紀』等みなこれに従っている。
しかし日位の記するように出立は一九日とすべきであろう。
一九日は聖人初七日忌に当り、一八日の逮夜に門徒集会して法要を執行し、翌日遺骨奉遷の旅についたのであろう。
元祖化導記』所載の宿々の日数に従えば身延到着は二三日となる。従って二四日は少憩、二五日は二七日忌逮夜に当るから諸人群集して通夜法要を勤め、翌二六日に法要ののち納骨されたと見るべきで、『元祖化導記』が引いた「或記」は恐らく二六日に納骨されたことを記憶していたので、宿々の泊り、日数を逆算考慮して二一日池上出発、と記録したものと思われる。
また『宗全』二巻に収録されている日興の手になる「御遺物配分」の前半は正本を欠くが、この「御葬送日記」によって補われたものである。
《『日蓮聖人大事典』「日蓮聖人の葬送」の項》

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