妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

唯観流

ゆいかんりゅう #1081

唯観流

ゆいかんりゅう

唯観院日勇の創始した祈祷の一流派である。
延享四年(一七四七)書写の同流相伝書によると、日勇は武州豊島郡に生れ、五三歳の元禄四年(一六九一)四月一二日甲州西部北原村にて遷化とある。
行学兼備の人で、延宝三年(一六七五)三七歳の身延七面山に一百日間参籠苦行し、積善坊流の八本楊枝相承などの秘法の伝授を受けたが、行中天台『摩訶止観』の「病患業相魔事境」について自得し、この章を唯観流の規準として、修法には観念、観法こそ大切なりとし、祈祷には自分が法華経より撰した「三宝讃歎祈祷経」を読誦する様にといっている。
この流が身延流中山流とならんで有名になったのは、日勇の顕著な修験力は勿論であるが、彼の遷化の後この流が京都本瑞寺の忍辱鎧と号した覚耀院日栄に伝えられ、日栄は享保一七年(一七三二)『修験故事便覧』を著して、唯観日勇を紹介したことによる。
この流は地味な修法と、一定の行堂を設けなかったために早く衰微し、現在、『法華宗祈祷相伝書』中に「唯観流祈祷抄」の名を留めているのみである。

← 事典トップ