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僧位僧官

そういそうかん #666

僧位僧官

そういそうかん

僧位とは僧の学識、徳行、法臈等により与えられる位階のであり、僧官とは僧尼全体を統領し、あるいは諸大寺を管するための職官の意で僧綱ともいう。
僧位は古くは大化の頃からあったが、制化されたのは平宝字四年(七六〇)、良弁、慈訓らが四位十三階を奏請し、それが三位九階となって裁可されたことに始まる。三位とは大法師位・伝統位・修行位で下二位に法師・満位・住位・入位の四位を各々配し都合九階としたものである。
僧官は、推古一三年(六〇五)僧の網紀を糾すために僧正・僧都・法頭を設けその任に充てた。
の当初は僧位と僧官とは別のものであったが区別がつかなくなり、貞観六年(八六四)に両者の別を明らかにするため新たに僧官職を法(僧正に相当)・法眼(僧都)・法橋(律師)の三階にした。
また元慶八年(八八四)には官位を与え法を従二位、法眼を正三位、法橋を従三位に充てた。
鎌倉時代には官位がやや下がり、建武二年(一三三五)には大僧正は正二位大納言、僧正は正二位中納言、僧都は三位参議、法は少将、法眼は侍従、法橋は五位と定められた。
鎌倉代以後朝廷の力が弱まると僧位の叙任も少なくなり、儀式も中絶し単に宣旨をもってするようになった。
そして本来僧官にのみ授けられた僧位も僧官でない僧にも授けられるようになり、これを散位の僧官(僧綱)と称した。
最初三名だった僧官も次第に数が増し、建徳三年(一三七二)には五七名を定員としたが増加は止まず、宣旨によらず僧位を名乗る者まで現れ(永宣旨の僧位)、僧官は名のみで権力を失い、鎌倉幕府は政所に寺社奉行、室町幕府は寺家奉行、僧録職を設けて僧尼、寺院を統領するようになった。
江戸代に入り僧位は各宗の推挙により朝廷において補任され、買任の僧位も多く輩出し、制としては名のみで実のないものになり、明治二年(一八六九)に永宣旨が同五年に僧官が廃止された。
《『史大辞典』八巻「僧位」「僧綱(そうごう)」の項》

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