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風間日法

かざまにっぽう #5256

風間日法

かざまにっぽう

(一八六一-一九三八)
心玄院日法という。
文久元年六月一日、滋賀県彦根町、風勘十郎の三男として生れ、幼名は銀之助、明治二年(一八六九)九歳で三重県の仏眼寺清水日運に師、名を随学とした。
同三七年本山立本寺住職、大正五年(一九一六)日蓮宗大学長、更に理事長、立正大学長を歴任。昭和三年(一九二八)勲五等瑞宝章を受け、同四年学長を辞任し、五〇余年の宗門育界を去った。
同七年日蓮宗第二七世管長に就任、日法と改名、八年辞任、一三年二月二〇日、京都立本寺にて遷化。 七八歳。
師は温厚篤実、その一生はひたすら学究精進の人であった。
著論書には『御本尊に於ける諸尊の座配に就いて』『我祖御引用の三祖釈中妙楽の釈につきて』『聖祖の御名に就きて』『国難と日蓮聖人』『日蓮聖人の理想』があり、その他宗祖六五〇遠忌記念出版の『普及版日蓮聖人御遺文』刊行の監修に当り、『御義口伝』『日向記』には二〇〇余箇所を訂正した。
なお、『台当の異目について』の遺稿もあり、宗門興学に大いに貢献した。
《風随仁編『風間日法上人』》

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