開眼【教学】
開眼【教学】
かいげん
眼目を開くこと。
即ち新たに造立し、または描かれた仏像や画像の仏体に精神を入れること。
これを開眼供養と称す。
元来、仏たる資格の一つに三十二相を具えるべきことがいわれるが、日蓮聖人は『木絵二像開眼事』の中で「造立したままの仏像仏画には、三十二相の内、梵音声が欠けている。
これを補うに仏説を記述した経典を以ってすべし」とされている。
経典は仏の意向が仏の声として発せられ、その音声が文字化され記録されたものであるところから、経典は仏意つまり仏の精神に他ならぬとされる。
しかも日蓮聖人の開眼の場合はその経典は必ず法華経に限るとする。
即ち『本尊問答抄』によれば「仏は所生、法華経は能生、仏は身也、法華経は神也。
しかれば則ち木像画像の開眼供養は唯法華経にかぎるべし」(定一五七五頁)といい、また『四条金吾釈迦仏供養事』では「開眼の事、普賢経に云く、此の大乗経典は諸仏の宝蔵なり。
十方三世の諸仏の眼目なり」(定一一八二頁)。
「されば画像・木像の仏の開眼供養は法華経・天台宗にかぎるべし」(定一一八三頁)ともいっている。
《『遺文辞典』歴史篇「開眼供養」の項、『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「開眼」の項》