玉沢法類
玉沢法類
たまざわほうるい
この法類は身延山の日重・日乾・日遠・日暹・日境の五師と妙法華経寺中興といわれる日苞・日産・日達・日亮の四師にその根源を発し、それら諸師の中でも特に身延山第二七世通心院日境を縁祖とし、その法脈学系に属する僧の集団を玉沢法類あるいは玉沢学派・境師門流と呼びならわしている。
日境は玉沢第一六世真応院日達の法嗣にして、日達寂後は身延日遠の付弟となった。
日境は檀林にあっては飯高より中村に移り、東谷真如庵(東法眷)を創して、西谷観月庵(西法眷)と相対峙して学徒の養成に努め、東法眷の祖と仰がれている。
第二次世界大戦後、法類の有する欠陥を是正し、各寺院の自主性を尊重して玉沢清和会と改称し、成文化した規約を有するようになった。
参加寺院四〇数ヵ寺である。