妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

泣銀杏の弁

なきいちょうのべん #3931

泣銀杏の弁

なきいちょうのべん

繰り弁の一つ。
六老僧の一人、日頂が日蓮聖人の第三回忌法要に遅参し、義父より勘当を受けた弁。
弘安七年(一二八四)一〇月一三日、池上本門寺において聖人の第三回忌法要が挙行された。
日頂は参列者が法要後の墓参を済ませた頃すがたを現し、聖人の位牌の前に一人ひざまづき、法要に出仕できなかった由を述べた。
日頂は鎌倉で他宗の僧と法論になり、昨夜から今朝に至るまで法戦を交え、やっと相手を論伏し、急ぎ駈けつけましたが今の刻限、遅れて申し訳ございません、とのこと。
この遅参に義父富木日常は「末代弟子檀方への見せしめ」として日頂を勘当し、中山へ帰った。
日頂はこの勘当をといてもらうべく日常の後をおったが、会うことすら許されなかった。
日頂は子供の頃あそびなれた銀杏の木の周りを七日七夜「此経難持、若暫持者」の宝塔偈の文を唱え続け、義父に別れをつげた。
その後、日頂は日興の重須の檀所に身をよせ生涯をとじた。
以上の法門の道の厳しさを、哀惜をこめ、講談調に信者に語る弁をいう。

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