止召三義
止召三義
ししょうさんぎ
釈尊が迹化・他方の菩薩の滅後弘経の誓願を止め本化地涌の菩薩を召し出したことに、それぞれ三つの意味があることをいう。
法華経では、見宝塔品以来、釈尊は滅後の弘経を勧募し、迹化の菩薩は勧持品、他方の菩薩は従地涌出品で、それぞれ滅後の弘経の役目を譲り受けることを請うのであるが、釈尊は従地涌出品の連文で「止みね善男子、汝等が此の経を護持せんことを須(もち)いじ」と答えて、無量千万億の菩薩衆を召した。
天台智顗は『法華文句』九で、釈尊が迹化・他方の菩薩を止めるのに三義、釈尊が本化の菩薩を召すのに三義、即ち前三後三の六義があると説いた。
(一)「止」の前三の三義とは(1)他方の菩薩は各々自己の任があり、この土に住せば彼の土の利益を廃してしまう、(2)他方はこの土に結縁が薄い、(3)もし他方に許せば、下方本化の菩薩を召すことができず、迹を破し遠を顕すことができない由の三、
(二)「召」の後三の三義とは(1)釈尊が我が弟子に我が法を弘めさせる、(2)結縁が深広である、(3)近を開して遠を顕わす由の三である。
日蓮聖人は「止召」の経文上の文相解釈は天台の前三後三の六釈によって会通されるが、所詮の仏意は本門の肝心が末法を正意としていることにあると『観心本尊抄』(定七一五-六頁)で明かす。
日蓮聖人は迹化・他方の菩薩は元来釈尊に従って初めて発心修行した弟子ではないから如来寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字が付嘱されず、その大法は特に末法のために本化の弟子たる地涌の菩薩にのみ付嘱され、一閻浮提の衆生に授与される、そこに「止召」の意義があると説く。