智人
智人
ちじん
「ちにん」とも。
智慧のある人・仏の智慧を得た人を指す。
愚人に対する語。
日蓮聖人は好んでこの語を用い、遺文の随所にみられる。
その用法を大別すれば、(一)仏の智慧は法華経であると捉えた人を指していう場合と、(二)自己の体験を通して、日蓮聖人自身を指していう場合とがある。
(一)の場合は『神国王御書』に「何に況んや智人一人出現して一代聖教の浅深勝劣を弁えん時云云」、『報恩抄』に「漢土に一人の智人あり。始は智顗、後には智者大師とがうす」等と述べているように、法華経こそ釈尊の真実の教え、一切経での肝心であると捉えた法華経の行者を指して用い、(二)の場合は『撰時抄』に「此国に智人あり。国主此をにくみて、あだすという事も又疑なし」とある。
(三)遺文の随所にみることができる「智人は起を知り、蛇は自ら蛇を識る」という文によれば、予言をなすことのできる人を意味する。
現行の『法華文句記』には「然るに智人は智を知り、蛇は自ら蛇を識る」とあるが、聖人は「智人は起を知る」と「智」を「起」と変えて引用しているが、これは聖人の宗教体験に基づく随義転用の一例で「智人」とは聖人自身のこと。
《『遺文辞典』歴史篇「智人」の項》