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日静(一位阿闍梨・学乗房)

にちじょう #3187

日静(一位阿闍梨・学乗房)

にちじょう

(一二二二-一三〇一)
一位阿闍梨と号す。
学乗房・学静房ともいう。また覚乗房とも書く(定一〇九一頁)。
日蓮聖人直授の弟子。
新潟県佐渡市一谷妙法華山妙照寺二世、三島郡出雲崎大覚山善勝寺三世
所伝によれば、日静は雑田郡石田郷一谷村(佐渡市佐和田町市野沢)の生れで、その地の邑吏である一谷入道(近藤小次郎清久)の一族という。
また法華山妙経寺(佐渡市佐和田町に所在)の開基檀越である中興次郎入道信重(法号を清保房日正大居士、正応二年=一二八九、三月一日寂)も一谷入道(-一二七八)の子に当るといい、中興次郎入道と日静とは兄弟の関係にある。
日静は『本化別頭仏祖統紀』(一三七頁)によれば近藤信重の弟に当るという。
ところで石田郷一谷村は本間六郎左衛門重連(-一二九六)の領地であることから、本重連と近藤清久のには主従関係が成立すると解される。
一方、中興入道の開基である法華山妙経寺の寺伝によれば、近藤氏は本重連の一族であると記されている。
その詳細は不明であるが、重連は清久に命じて、文永九年(一二七二)四月七日より聖人の配所を塚原の地から一谷の地へ移し、一谷入道の下に預けられたのである。
この頃に真言宗の僧であった一位阿闍梨は、法華に帰依・給仕し、聖人より日静の名を賜わる。
一谷入道は邸内の丘陵に草庵(法華堂)を創り、聖人を招じて同年の七月一四日に開堂供養を行う。
この日をもって妙照寺の開創年月日に当てている。
文永一一年三月一三日、聖人はこの草庵を日静に付属して佐渡を出発した。
日静はほとんど佐渡に住み、島民の法華経の流布に精進し(定一五四七頁)、時々は身延の聖人を訪ねたり、富士の日興(一二四六-一三三三)の下へも通っていたようである。
正安三年六月二二日に寂、八〇歳。
《『一谷入道御書』、『千日尼御前御返事』、『本化別頭仏祖統紀』、『遺文事典』歴史篇「学乗房」の項、『日本仏教人名辞典』「日静」の項、『昭和新修』別巻「学乗房」の項、『日蓮聖人大事典』「日蓮聖人の門弟」の項》

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