妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日郷(宰相阿闍梨)

にちごう #3147

日郷(宰相阿闍梨)

にちごう

(一二七二―一三五三)
越後蒲原郡に生まれる。
久成房日世(日尊の後董)の門に入り、日目に師し、日興に直参して行学の功をつんだ。
日郷は日目の命令により日蓮聖人有縁の地安房に赴き弘通していたが、摩々(真間)門徒の佐々宇佐衛門尉の帰依を得て、吉浜の地に妙本寺の基を開き、上総の大貫郷にも法線を張った。
のち日興寂し、日目は遺命をうけて上洛奏するため、日道を大石寺の留守役とし、日尊・日郷を伴って上洛の途中、病を得て美濃垂井宿で遷化した。
日尊は師の遺志を継いで日郷と共に上洛、奏の大任を果した。
日尊はそのまま京都に留ったが、日郷は富士に帰り、日目の遷化と上奏を終えた旨を伝え、更に日目の入滅にのぞんで大石寺後董を付与されたことを大衆に告げたので一山俄に騒擾し、日道とのに継承問題をめぐり確執を生ずるに至った。
争うこと三年、延元元年(建武二年=一三三六)日道が大石寺を継ぎ、日郷は衆を率いて房州に赴き吉浜中谷の妙本寺に退いた。
日郷は文和二年(一三五三)四月八日、大石寺東堂蓮蔵並びに地の管を遺命し、同二五日八一歳をもって入寂した。
立正大学日蓮教学研究所編『日蓮教団全史』上、堀田亨『富士日興上人詳伝』、『日興門流上代事典』「日郷(宰相阿闍梨・安房坊主)」の項

← 事典トップ