日蓮聖人御伝土代
日蓮聖人御伝土代
にちれんしょうにんごでんどだい
一巻。
富士大石寺四世日道(一二八三-一三四一)著。
『宗全』「興門集」所収。
正本は大石寺にあり、『日興上人御伝草案』『日目上人御伝土代』の三部を一冊にまとめているところから『三師御伝土代』ともよばれる。
『御伝土代』に成立年代の記載はないが、著者日道は暦応四年二月二六日、六〇歳で没しているから、およそ見当がつこう。
とにかく祖滅五九年以前に、孫弟子によって記されたものであるから、伝存する日蓮聖人伝記本としては最古のものといえる(この著に先行して成立したと考えられるものもあるが、いずれも伝記を断片的に紹介するもので、いわゆる伝記本とはいいがたい)。
しかし惜しいことに本書は、その標題でもわかる通り、あくまで土代、つまり草案ということで、記述形式は一応編年的に聖人の生涯を列記しているが極めて簡略かつ素朴である。
とくに祖伝の部分は遺文中から自伝的記述を抄出したもので、ほとんど伝説的な潤飾がみられない。
唯一の潤飾的部分は聖人の伊豆流罪中の記述で、伊東の念仏者が聖人を毒殺しようとして毒茸を食べさせた話が載っている。
聖人はこれを食したが害はなかったといい、また伊東の浦に海上から白髪の翁が現れて御赦免は今年であると告げたことなど、遺文はもちろん諸伝にも全く見られない異質の伝承を伝えている。
初期的な伝記的粉飾として注目されるばかりでなく、この話が後世の伝記本にほとんど採り入れられなかったことも不思議なことといえよう。
全体的にみると聖人自伝というべき『種種御振舞御書』や、偽書『法華本門宗要鈔』などと同系譜の記述や引用が随所にみられ、これら諸書の成立過程を研究する手がかりともなる。
《立正大学日蓮教学研究所編『日蓮教団全史』上》
【補記】本書の成立について近時、大石寺所蔵の原本の筆蹟を検討した池田令道氏により、大石寺四世日道ではなく、六世日時(-一四〇六)であるとの見解が出されている。『日興門流上代事典』「御伝土代(三師伝)」の項、池田令道「大石寺蔵『御伝土台』の作者について」(『興風』一六号)、同「大石寺蔵『御伝土台』の作者について(補遺)」(同二三号)参照。