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日芳(龍華院)

にっぽう #2935

日芳(龍華院)

にっぽう

(一四七一-一五三四) 『龍華歴代師承伝』『本化別頭仏祖統紀』などの寺譜によると前関白鷹司政平の子であると伝えているが、これは政平の子が明応七年(一四九八)七歳で妙本寺に入り、三年の後文亀元年(一五〇一)正月に出家している者と混同されたのである。
日芳は文明四年(一四七二)、由緒あるに生れ幼くして妙本寺に入り日具に師事し、文明一八年剃髪授戒して日芳、院号を龍華院と授けられた。
ただし日具の付属状はこれより一二年後の明応七年一一月一五日に認められているが実際には院号授与の時からまもないころに譲られていることは常不軽日真が妙本寺を退出した長享二年(一四八八)、日芳は一七歳であり、このすでに日具は備中野山に隠棲していることによって知られる。
日芳のとき、山門によって使用を許されなかった寺号を旧号に復して妙顕寺と名乗った。
永正一六年(一五一九)四月から五月にかけてのことである。
のち僧正の極官に昇り文三年一〇月、六三歳をもって入寂した。
《『日蓮団全史』上、『日本仏人名辞典』「日芳」の項

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