にっせい
(一六〇〇-八三)
了玄院と号す。
深草艸山元政・安国院日講等と同時代の人、生国姓氏不詳。
要法寺日遙に投じて出家、のち富士に登って日就について宗義を学び、上総宮谷檀林、沼田檀林に学ぶ。
江戸浅草に松平阿波守至鎮の室よりの帰依を受けて敬台山法詔寺を創建す。
寛永九年(一六三二)日就より相承を受け、同一四年春本山大石寺一八世となる。
在位数年にして退き、江戸下谷に霊鷲山常在寺を建立して興学布教と述作に努めた。
著述に『日蓮聖人年譜』二巻、『富士門家中見聞』三巻等があり、日興門流における宗史研究の開拓者。