妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日沾(正法院)

にちでん #2780

日沾(正法院)

にちでん

(ー一五五四)
正法院と号す。
中山門徒にて京都聞法山頂妙寺開山月蔵坊・妙院日祝(一三九六―一五一三)の弟子。
法華経寺六世日薩の意を体して日祝京都に弘、細川治部小輔源朝臣勝益の帰依により頂妙寺を建立して寺門興隆す。
日祝功成名遂げて弟子日言に頂妙寺を譲り、泉州(大阪府)堺に隠退し、隠居所を寺となして永松山頂源寺とした。
日沾は頂源寺二世を継承。
文年間(一五三二―五五)三光無師会の創始者妙国寺心院日珖、日沾の門に投じて弟子となる。
日珖・日航・日統らと頂源寺(現在は長源寺につくる)にて日蓮遺文の校合を始める。
日沾が頂源寺にて寂したかは不明。
宮崎英修著『不受不施派の源流と展開』によれば「頂妙寺日沾」(二〇七頁)とて日沾頂妙寺に晋山したか。
頂妙寺二世日言また「堺頂源寺に隠居したまへり(略)其明る年(弘治二年)行年七九にして六月八日堺頂源寺に於て御入滅あり」(「日言三十三回忌諷誦文」)とす。

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