日寂(橋場長昌寺)
日寂(橋場長昌寺)
にちじゃく
(-一二八六)
東京橋場長昌寺開山。
元は天台宗の僧で寂海法印といい、武州金竜山浅草寺の別当。学に優れ行に精励して東都に名声があった。
たまたま本化の宗風あるを聞き、中山の富木常忍と宗義を議して破邪され、弘安二年の夏、身延において日蓮聖人に謁してその慈教に接して入門、受戒して日寂という。
金竜山の歴代を離れ、弘安九年一一月朔日遷化。
弟子に本覚房日増・河内房日可があり、日寂の蹤を克して一精舎を建立す。今の橋場長昌寺である。
一つの伝説あり、即ち浅草川洪水して長昌寺は烏有に帰したが、元亨年間(一三二一―二四)に現在地(台東区今戸)に移したという。
この浅草川出水の折、洪鐘が水中に没し、龍蛇がこれを囲んで近づくことを得ず、遂に洪鐘を収拾することあたわずして「鐘が渕」の地名を残す。
改めて洪鐘は鋳造したという。
《『本化別頭仏祖統紀』、『日本仏教人名辞典』「日寂」の項》