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日仙日代問答記録

にっせんにちだいもんどうきろく #2426

日仙日代問答記録

にっせんにちだいもんどうきろく

薩摩阿闍梨日叡(一三〇九-六九)の記録。
建武元年(一三三四)正月七日、大石寺の上蓮において本六の一人摂津阿闍梨日仙と新六の一人重須の蔵人阿闍梨日代の間に方便品読不の論がなされた。
日仙は方便品迹門であるから読むべからずと立て、日代は鎌倉方所立の如く迹門にも得益ある故に読むべしと主張した。
日仙の方便品不読は天目、日弁の邪義に同ずるものであり、日代は本迹迷乱の人といわれたが当日の法論は日仙の勝となり、日代は重須を擯出されたとある。
また別に佐渡阿闍梨日満の『方便品読不之問答記録』があるが、これには日仙が負けたとある。
両者共に反対の結果をしるしているので真相は不明であるが、この他に『尊師実録』にこれをのせて日尊の批判がのせられ、その他日道、日妙らの批評があるが、その論点は児戯に類するもので『日興上人詳伝』も「対内にも対外にも無用の論」と評している。
しかし当は富士門の大問題となったものである。
《堀日亨『富士日興上人詳伝』、『日興門流上代事典』「日仙・日代方便品読不論争」の項》

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