日乗(養徳院)
日乗(養徳院)
にちじょう
(一五九八-一六四五)
字は乾龍、養徳院と号す。
上総東金の人、東金鳳凰山本漸寺六世日信について出家す。
日迢・日要と同学、寛永一二年(一六三五)三八歳にて宮谷檀林に『文句』を講じ、同一六年妙満寺三二世を日迅の後に受けついだ。
正保二年四月二三日寂す、寿四八歳。
著書に『玄義考拾記』一〇巻、『文句攬剛』一〇巻、『文句述解』一巻、『止観述聞』五巻、『西谷名目条例』三巻、『指要抄随覧』二巻、『四教義集解歴承』二巻、『同集解誌義集』七巻、『文句揚決』、『説法品神力品講演録』一巻の台学関係のもの、宗義に関し、『信行要道記』一巻、『受不受記』、『流通捜源記』一巻の著あり。
『信行要道記』は本宗における修行の要道が信行にあることを明らかにしたものであり、簡にして要を得ており、什門教学における信行論は大体本書によって確立されたものと見ることが出来る。
『流通捜源記』は日経等の折状絶対主義に対して、摂折適宜論を述べたものである。
日乗は従来の経力成仏論に比して、信力成仏論を強調し、仏の願力、仏の慈悲を説き、信力成仏を説いた。
茲に日乗は近代における什門教学の基礎を確立した。
《望月歓厚『日蓮宗学説史』、執行海秀『日蓮宗教学史』、『日本仏教人名辞典』「日乗」の項》