憍曇弥
憍曇弥
きょうどんみ
(Gautamī)喬答摩(瞿曇)の女性詞。
喬答弥・瞿曇弥・瞿夷等とも言う。
印度刹帝利種中の一つである瞿曇族の女子の義であるが、仏の姨母である摩訶波闍波提(まかはじやはだい)の事を指す。
拘利城主善覚王の妹であり、仏母摩訶摩耶の妹である。
摩訶摩耶妃は一子悉達多を産み、七日を経て命終したため、その後代って養育した。
後に難陀を産み、両子を愛した。
釈尊出家成道後、一子難陀始め、一族中の諸名士が出家するのを見て、自らも出家を志し、仏在俗中の夫人耶輸陀羅並びに五〇の釈種女と共に毘舎離の大林精舎に至りこれを仏に請う。
仏は女人の入門を斥けるが、多年養育の恩等のために出家を許可した。
出家後は比丘尼を統理し仏の化導を扶けた。
《『遺文辞典』歴史篇「憍曇弥女」の項、渡辺照宏『釈尊をめぐる女性たち―仏教女性物語―』》