巡化
巡化
じゅんげ
身延久遠寺や京都本国寺などの諸本寺が、その末寺へ勧財などのために、貫首並びにその随行説法者により行われた布教を指していったもの。
これは近世以前にも行われたが、特に近世に入って幕府の仏寺行政制度の確立とともに、本寺は江戸府内、あるいは付近の由緒ふかい有力な末寺を指定して、所属の末寺と幕府との直結機関として、これを役寺と称し、また一方には地方有力末寺を、末寺と末寺、あるいは末寺と本寺との取次ぎ機関に指定して、これを「地方触頭」とよんだ。
本寺がその必要によって勧財のために巡回する場合に布教の拠点となったのは、この地方触頭を始めその地方の有力な末寺であった。
本山の巡化はこれらの触頭や有力末寺を拠点に行われ、布教網の密度は加わり、教域も大きくなっていった。
この場合、末寺を各自に統轄している本寺が、その門流法系を形造って一単位をなしていたから、布教活動も各本寺がその末寺所属の檀信徒を対象として行った訳である。