妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

三帰依文

さんきえもん #166

三帰依文

さんきえもん

の教えを仰ぎ尊ぶことを三宝に誓い、帰依の誠を表わすために唱える文である。
三宝に帰依することは仏教徒としての根本的指標で、三宝とは、さとりを開いた人(仏)と、その教え(法)と、それを奉ずる教団(僧)の三つをいい、帰依とは服従し、すがることをいう。
充洽園礼誦儀記』の十正修第九に、三帰の偈文は「華厳浄行品に出たり、偈は通の帰依にして、十方三世一切の仏等に帰依する語なり」とあり、また偈文を訓読して「自ら仏に帰依せば、まさに願すべし衆生、大道を体解して、無上意を発さんと。 自ら法に帰依せば、まさに願すべし衆生、深く経蔵に入り、智慧海の如くならんと。 自ら僧に帰依せば、まさに願すべし衆生、大衆を統して、一切礙りなからんと」と記している。
なお、宗定声明の「三帰」は、この文に旋律を付けたものであり、パーリ語の「ブッダーム・サラナーム・ガッチャーミー・ダンマーン・サラナーム・ガッチャーミー・サンガーン・サラナーム・ガッチャーミー」は美しい旋律で歌われている。
また、各宗合同の集会の開始に先だっては、しばしば三帰依文の斉唱が行われるが、この場合の訓み方は、「自ら仏に帰依したてまつる当に願わくば衆生と共に大道を体解して無上意を発さんと。 自ら法に帰依したてまつる。 当に願わくば衆生と共に深く経蔵に入りて智慧海の如くならんと。 自ら僧に帰依したてまつる。 当に願わくば衆生と共に大衆を統して一切無礙ならんと」としている。
《『遺文辞典』教学篇「三帰」の項、『岩波辞典』「三帰」の項》

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