宗定声明
宗定声明
しゅうていしょうみょう
宗門において協議制定した声明という意。
本宗の声明は浄土宗、真宗などと同じく天台声明の系統に属しているが、鎌倉時代以来伝統的な法要儀式及び声明を伝承しているものではない。また江戸時代になってからでも身延山、池上、京都本圀寺、加賀立像寺をはじめ全国の各山において、天台宗大原魚山伝来の声明を採り入れる師があっても、その音律やふしを誤りなく後世に伝えることがむずかしく、五〇年毎の御遠忌には整えられても時が経つとくずれてしまい各山各様、甚しきは各人各様という有様で昭和初期までの時代を経たといえよう。
そして、昭和六年(一九三一)の日蓮聖人第六五〇遠忌をきっかけとして、法儀声明統一の議が起り、昭和一二年八月、宗務院の主催で各山代表が身延山に集まり、当時、日本仏教界における声明の権威者であるといわれていた多紀道忍(たきどうにん)を招いて、その指導を仰ぎ、協議を重ねて墨譜を定め、一三年五月に『日蓮宗声明品』として発刊し、その後、墨譜は若干訂正されて昭和二六年一〇月『宗定日蓮宗法要式』第三篇所載の声明譜となったものである。
曲目は、(一)道場偈、(二)三宝札、(三)切散華、(四)咒讃、(五)対揚、(六)三帰、(七)奉送の七曲で、対揚を除く六曲は、いずれも旋律の単純なものが多いが、これは宗定声明を制定するにあたり、老若を問わず、だれでも唱えられるような旋律にしてほしいという要望を容れて「よりやさしく」という配慮を優先させたためである。
また、各曲の調子を決定しなかったのも上記の理由によるのである。
なお、宗定声明は律曲のふし付けがなされていること、目安博士によってあらわされていることなどが重要な点である。