周書異記
周書異記
しゅうしょいき
本書の出処由来は不明である。
「周書の異記」(周書異域伝)と呼ぶべきものか。
その史料的価値は乏しい。
日蓮聖人は専ら末法到来の年次を算定する基準として用いられる。
例えば『月満御書』には「仏生れさせまします時に三十二の不思議あり。
此事、周書異記と云う文にしるし置けり」(定四八四頁)とあり、『災難興起由來』には本書によって仏滅を「穆王五十二年壬申之歳二月十五日」(定一五九頁)となし、『和漢王代記』(定二三四四頁)にも同様の記述が見える。
さて『周書異記』によって仏滅年次を周穆王五二年(前九四九)とすることには日蓮聖人も当時の識者も疑念をもたなかった。
『扶桑略記』等もこの説による。
いま本書に基づき、正法・像法各一〇〇〇年説をとって、入末法の年を算定すると、後冷泉天皇の永承七年(一〇五二)となる。
『周書異記』にいう仏滅年代は現代仏教学の立場からは誤りであるが、その誤りを指摘しても宗教的には意味はない。
要は末法とは歴史的危機の状態を宗教的に表現したものであるから、『周書異記』の説に基づいて末法到来を訴えるところに意味がある。
《『遺文辞典』歴史篇「周書異記」の項》