光明寺(神奈川県鎌倉市)
光明寺(神奈川県鎌倉市)
こうみょうじ
浄土宗。
鎌倉市に所在。
開山は然阿良忠。
初め悟真寺と称した。
良忠は浄土宗鎮西派聖光房弁長の弟子で、宝治年間(一二四七-四九)関東の諸国を経行し、のち鎌倉に入った。
鎌倉大仏の浄光聖を訪ね一宇の坊を得、のち北条氏一族の大仏武蔵前司頼直の帰依を受けて、佐介ヶ谷に悟真寺を創りこれに住した。
同寺はのち蓮華寺と改め、更に光明寺と号した。
江戸時代に関東十八檀林が定められた時、その首唱となっている。
良忠は当寺にいる時、極楽寺良観と共に、幕府に日蓮聖人が諸宗を誹謗すること等の旨を訴えている(『行敏訴状御会通』)。
また聖人は良忠を法敵として『開目抄』(定五九七頁)等で厳しく批判している。
《『国史大辞典』五巻「光明寺」の項》