妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

謗法顕示筆端

ほうぼうけんじひったん #4819

謗法顕示筆端

ほうぼうけんじひったん

一巻。
常楽院日経(一五六〇-一六二〇)著。
慶長一四年(一六〇九)三月一三日述作。
写本品川妙寺。
京妙満寺二七世日経は各地に盛んに線を張り、不受不施仏性院日奥を支援し、諸宗を激しく折伏した。
その結果、慶長一三年(一六〇八)康より江戸城で浄土宗の僧と法論を命ぜられた。
これが慶長法難を惹起し、翌年耳と鼻をそがれる刑にあうのである。
この法難に際し日蓮宗各本山は、念仏無間の経証無きこと、日経に同心せざることを上申して、難の及ぶのを免れんとした。
日経はこの諸山の態を怒り、三重の大謗法を犯すものと激しく難詰したのが本書である。
三重の謗法とは、
(一)祖師の定めた念仏無間を高唱する日経を捨てるのは祖師に対する大謗法である。
(二)二十一箇本山会合して曼荼羅に起請文を書いて謗法を誡しめたのに、それを破棄したことは大謗法である。
(三)念仏無間の文証無きことの一札を差しだしたことは祖師を破滅させる大謗法である、という本宗諸山の謗法を顕示弾劾する書である。
日蓮宗はこの事件に「念仏を申は地獄へ堕と云名言は経釈中に之なく候。祖師所立の義に任せ候」(増上寺文書)という一種の詫証文を家康・浄土宗側に差出し、浄土宗側はこの一札を全に触れ回したのである。
日経の悲憤慷慨は当然であった。
《東京大学編『大日本史料』一二-五》

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