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蓼太

りょうた #4646

蓼太

りょうた

(一七一八-八七) 享保三年信州伊那大島に生れた俳人。
大島陽喬。
本姓は吉川。
江戸に出て俳壇に確乎たる地位をしめ,門人三千と称せられる程であった。
身延山七面山へも参詣して「此山の志げりや妙の一字より」の句を遺している。
この句は現在身延山総門を入った付近に、芭蕉の句と共に句碑に刻まれている。
また安永六年(一七七七)の再版『蓼太句集』には、「身延七面山にて」と題して「榾の火や祖師の胡座(あぐら)も眼のあたり」の句が載っている。
蓼太は一時出家しようとしたこともある位で、仏教特に日蓮聖人には深い関心をもっていたことが、上の二句からもわかる。
雪中庵三世を継ぐ。
明七年九月七日没。
七〇歳。

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