自昌院夫人
自昌院夫人
じしょういんふじん
(一六一九-一七〇〇)
自昌院英心日妙と号し、名を満という。
父は加賀三代前田利常、母は徳川秀忠の次女天徳院。
寛永一二年(一六三五)九月、広島藩主二代浅野光晟に嫁す。
自昌院の宗門に対する信仰は厚く明暦二年(一六五六)国前寺を菩提所に定め、諸堂を再興造営した。
また多くの不受不施僧に帰依し大乗院日達と安国院日講はその双璧である。
特に日講が日向佐土原に配流の砌は兄弟の契約までした間柄であり、配流後は逸早く書籍を始め、衣服、臥具等を贈り外護に努めた。
なお日講の『発心即到記』『寝語問答』は自昌院の信仰不退転を策励し、夫人に贈ったものである。
《宮崎英修『続・日蓮宗の人びと』》