妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

純陀

じゅんだ #4427

純陀

じゅんだ

梵語のCunda。 また准陀、淳陀、周那(しゆうな)とも書き、稚少、妙義と訳す。
釈尊入滅の最後の食事を供養した鍛治屋の子といわれる。
波婆城(一説には拘戸那城)の住人で、釈尊が波婆城を訪れた時、法話を聞き、歓喜した純陀は、翌日、自宅へ釈尊をお迎えし食事の供養を捧げた。
その後、釈尊は沙羅樹下で入滅された。
入滅に際し「の初めて成道せしとき能く食を施せし者、の滅度に臨みて能く食を施す者、此の二功徳は正に等しくして異なし」(『長阿含第三遊行経』)、即ち釈尊成道時の施食と入滅前の施食はあらゆる供養の中で最上であると説いて、純陀の功徳を称えられている。
日蓮聖人は「涅槃経に身は人身なりと雖も、心は仏心に同ずといへる是れ也。生身得忍の現證は純陀なり(略)生身得忍の手本は純陀是れ也」(定七九四頁)と純陀の功徳を記している。
《『遺文辞典』歴史篇「純陀」の項》

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