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知足庵(廃庵・山城国愛宕郡鷹ケ峰)

ちそくあん #4243

知足庵(廃庵・山城国愛宕郡鷹ケ峰)

ちそくあん

精進院日龍(頂妙寺八世、正中山三世)が四四歳のとき中山輪番を終り帰京の翌年、寛永一四年(一六三七)京都鷹ケ峰(たかがみね)に営んだ草庵の名である。
日龍はこの場所に三三年在住し、その九年に亘って紺紙金泥一字三礼の法華経書写を行い、庵室に真浄宝殿をととのえ寺僧と共に法味をささげた。
他方、深草元政とも親交があり元政の訪問も受けた。
日龍は寛文九年(一六六九)七九歳で遷化した。
保二年(一八三一)版の京都地図に知足庵は記載されているが廃庵の期は不明である。
日龍の碑は高さ二(メートル)程あり、同所の放光山瑞芳寺地にまつられている。
《『日蓮宗年表』》

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