とうぜんじ
京都東山の東大谷にあった法華宗本能寺派に属する寺。
天正一八年(一五九〇)、真寂が開基建立す。
もと天台宗山門派の末坊で、再興の時に法華宗になった、と伝えられる。
明治八年(一八七五)、隣の本住寺(不動山、元和元年=一六一五=光林院日春開山、本能寺派)と共に廃寺となり、大谷山共同墓地となって、市の管理に属す。
中正院日護(一五八〇-一六五〇)が四三歳の時、明石を出てこの東漸寺のそばに住み、妙経読誦と仏像彫刻に専念した旧地である。
《宮崎英修『波木井南部氏事蹟考』、『新修京都叢書』一〇》