妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日静(身延東之坊)

にちじょう #3191

日静(身延東之坊)

にちじょう

(-一三三二-)
身延蓮華谷(南谷)東之坊二世、身延四世日代の人で一山を代表した学匠として名声あり。
偶々、身延日善、真間日樹、中山日祐の三貫主が上洛したとき、比叡山延暦寺との間に問答の議がおこり、叡山第一の学匠と称した播磨明堅が代表となるに及び、身延は一山の代表として東之日静をして問答をさせた。
に問答数ヵ条にして勝を得て本宗のために気を吐いたという。
金綱集』の裏打文書の中に、日静が元弘二年(一三三二)一二月一六日付で京都から発した消息が収められているが、そのなかで吉野朝南部実継(南部実長第六子)が六条河原で斬首されたと伝える一文、その他にも京都より身延山並に波木井家宛に何通かの消息がもたらされているが、この東之坊消息(藻原文書)は甲斐南部氏蹟を探るための必須の資料ともなっている。
《『本化別頭仏祖統紀』、『身延山史』、『宗全』(史伝旧記部)、『身延山坊跡録』》

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