妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日透(妙解院)

にっとう #3108

日透(妙解院)

にっとう

(-一七九一) 字は辨龍。
妙解院と号す。
下総北場浄妙寺二五世。
中村檀林一三二世能化
江戸中期の宗学者。
その伝は詳らかではないが寛政三年八月七日に化寂している。
著書に『護法得宜論』二巻があり、明和六年(一七六九)の作とされている。
『護法得宜論』をみると、師は草山の流れをくむ摂受主義者で、当時の不受不施派や折伏主義者を否定していたことがわかる。特にその摂受主義の理論は明解で、後の摂受主義者に大きな理論的影響を与えたと思われる。師は摂折は弘められる時と弘める人によって進退があり、ただ一向折伏と考えるは祖判に迷える者という。即ち末法第五の五百年は一向折伏の時であるが、以後は既に法の流布した下種信順の機のであり、摂折は随宜にすべきである。
また聖祖の如き大権なるが故に剛折に堪えたが、今時の未断の凡僧が折伏に走るはかえって害を及ぼす。
己の器を知って摂折随宜にすべしと主張する。

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