日諝(梅林院)
日諝(梅林院)
にっしょ
(一五三七-九二)
梅林院と号す。
堺妙国寺末、堺の青陽山月蔵寺第三世。
天正二〇年(この年、文禄と改元)二月一四日遷化。
世寿五四歳。
永禄年間(一五五八-七〇)堺の妙国寺において、仏心院日珖(一五三二-九八)・山光院日詮(-一五七九)・常光院日諦(-一五八五)らは『法華文句』を開講した。
この講会を三光無師会・三光勝会という。
『本化別頭仏祖統紀』には門下の俊秀として「舜孝・尊秀・智鏡・日千・日諝・日重」の名を挙げているが、最も聞えているのが一如院日重(一五四九-一六二三)である。
三光無師会の一人日珖は、永禄七年(一五六四)二月四日より一〇日まで、月蔵寺において授記品の講義を行った。
日諝は当寺に第三世として晋んだ。