妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日誠(守玄院)

にちじょう #3066

日誠(守玄院)

にちじょう

(一五九三-一六六四)
守玄院と号す、碑文谷法華寺、谷中感応寺、野呂檀林の化主、平賀本土寺一八世(のち除歴)などを歴世し、寛文四年八月九日加賀の金沢で化す。
寛永七年(一六三〇)受・不受の身池対論の結果、池上本門寺は日遠に、京都妙覚寺は日乾に与えられた。
そして身延側はこの裁決を受けて、飯高・中村・小西の三檀林を接収、化主の任命権・檀林運営権を掌握し、更に中山小湊をも支配に入れた。
この、平賀・碑文谷の看の日誠が反撃し、身延の虚構と謀略を暴露するに及んで、中山小湊身延から離れ、関東諸山は結束して身延に対して、更に不受義を強調するに至ったという。

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