日統(仏眼院)
日統(仏眼院)
にっとう
(一五四九-一六〇三)
仏眼院と号す。
堺妙国寺。
中山法華経寺。
一如院日重(本満寺)、瑞雲院日暁(頂妙寺)、功徳院日通(本法寺)と共に仏心院日珖の上足。
堺頂源寺において、正覚院日航と共に祖書録内を校合し、更に立本寺日禘・青蓮院日中・正行院日源・妙願寺日能の講談を永禄八年(一五六五)一一月七日から翌九年三月三日にわたって編集校注した(身延山蔵本『統抄』奥書)。
中山法華経寺は日珖以来、妙国寺・頂妙寺・本法寺の三寺輪番が制せられていた。
慶長三年(一五九八)日珖の入寂により、頂妙寺の瑞雲院日暁、本法寺の功徳院日通が、一三世、一四世と中山法華経寺の輪番を務めた。
ところが次の輪番であった日統は慶長八年正月一六日、五五歳で入寂した。
このため法弟龍瑞院日述はこれに代り、日統を一五世に推し、自らは一六世として法灯を継承した。
《日蓮教学研究所編『日蓮教団全史』上、宮崎英修『不受不施派の源流と展開』》